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プログラミング日記

プログラミング

 中年が何かを学ぶということは、中々骨の折れることである。しかし、中年でも継続さえすれば、プログラミングでも出来るようになるようだという実感を掴みつつある。これは年齢は何をやることにおいても、障害にならないということだろう。それよりも邪魔になるのは経験なのかもしれない。昔はもっと出来たのにとか、昔はもっともてたのにとか、そんなことが障害になり、理想の自分に追いつけず、挫折する。でも果たして、昔はそれ程能力が高かったのかというのははなはだ疑問な点が多い。例えば、昔ブログでも述べたかもしれないが、酒を飲んでいたら昔もてたというおっさんが星の数ほどいる。それが真実かどうかかはよく分からない。しかし僕自身も含めて周りを観察すると少なくともそれ程モテモテで忙しいなんて人はあまりいない。景気が良かった頃は男女のまぐわいも多かったのかもしれないが、多分それ程今とは変わらないだろう。

 
 何が言いたかったのだろう?多分、自分の昔と今はそれ程変わっていない。記憶力は勿論衰えているが、それってのはより人間に近づいている証拠なのかもしれない。ユンさんと話させていただけたときに、PCと人間の最大の違いは、忘れることができるということだった。詳細は忘れましたが、忘れるってことは意外と重要なことのようです。忘れるってことは、自分の脳がまだそのことが重要であるということを認識していないということなのかもしれない。そのために、毎日継続して何かを植え込む。そして、少しできるようになったことを喜び次に進める。たぶん、若い頃もそのような作業をしていたのであろうが、中年になると、残り時間が短くなったこともあり、そのような作業を苦に思うようになるのかも知れない。
 
 これはちょっと脇道に反れるが、プログラミングに於いて本を買う際に、新しい本を買うことは重要だと思う。僕は少しケチって、みんなのパイソンの古本を、定価よりも1,000円くらい安く仕入れたので勉強していた。しかし、最後のAPIを使うところとか、ウェブ開発を行うところで、そのようなサービスがなくなっていた。ドッグイヤーのウェブテクノロジー時代に於いて、10年前の本は基本的な部分は変わっていないとは言え、あまり役立たないのかも知れない。こんなことを言うと、本なんかで学ぶのは古い。ウェブに沢山あるのになんて話しになるが、本で学ぶのは全体を学ぶのには向いていると思う。ウェブで分からないことを分かるようにしてくれていたりする一方で、本で分からないことをググって調べたりしている。これはちょっと言っていることと矛盾しているが、カチッとした部分を本に任せ、時代に追いつくためにウェブを使うみたいな感じか?この辺はもう少し掘り下げたいところではある。
 
 話を戻して、時間がかかろうが継続することにより、出来るようにするってのが、結局出来るようになる唯一の方法なのかもしれない。子供は吸収が早いとか言いながら、しっかり話すのにやはり3年くらいはかかる。という訳でいま少し継続学習を行ないたい。