愛は禁物

 愛の対象は多い。人、二次元、時計、電車。

 今日話すのは投資商品に関する愛です。一途な愛はときに叶わず、悲惨な結末に終わります。惚れ込んだ銘柄に裏切られた際に生じるのは、憎しみです。お前なんかに出会わなければよかった、早く僕の前から消え去るんだ。そんな気持ちになります。

 しかし、その後しばらくして、ヤフーファイナンスで偶然見かけた彼は素晴らしい成長を遂げています。そう僕があの頃考えたように。僕の見る目は間違ってなかった。そして悩みます。何故彼と別れるというような誤った判断をしたのだろう。

 ここには2つの過ちがあります。1点目はあの頃僕の見る目が間違ってなかったわけではない。下がるということはその時点において割高であったということです。難しいことですが、市場全体の雰囲気を感じ、その商品に関しての価格付けを考えないといけません。

 第2の点は、素晴らしいものになるまで、その商品を確認しなかったことです。その商品が素晴らしい場合、下がるということはより割安になるということです。30%下落して、100%上がった場合、10%損切りしたあとも観察を継続し、もう一度下げたところで買うべきだったのです。

 良いと思っていたものがある程度の期間良いものであった場合、ずっと良いものだと思ってしまうでしょう。しかし、それを保証するものはありません。気づいたら憎々しいとならないよう、しっかりと見張っておかないといけません。そして、自分にとって必要が無いと思った場合、次の良いものに移れるよう、準備を怠らないようにせねばいけません。

 ちょっと前に素晴らしいと思っていたNEMですが、大きな損失を出して私は撤退、その後見ることはありませんでした。しかし、最近ツイッターで見たNEMの価格は素晴らしいものに成長していました。その前にチャンスが有ったはずなのに、それをものにできなかったのは自分の愛から失望という勝手な感情のせいです。

 ハワードマークス氏は商品が割安であるか、割高であるかくらいしか判断できないので、それをしっかり行うべきだというようなことを述べています。相場がどっちに動くかはわからないと。この考え方はシンプルで良いなと思う。そうすると上に書いたことに少し矛盾が生じてしまうのだけれど、僕はこのシンプルな考え方を取り入れ、銘柄を愛でるようなこと、また憎むことを回避したいと思う。