40で無職になったおっさんのブログ

40歳にして無職になってみました。

全然動向がわかっていなかったのでシリアの内戦について調べてみた。

シリアの内戦に関して全然わかっていないので調査しまとめてみました。Wikipediaではシリア騒乱となっています。

一昨日くらいから調べていたのですが、思いのほか多くの事柄が絡んでいるようで、全然調べ終われませんでした。ロシアがなぜシリアを守っているか、ウクライナ問題とこの問題との関係などもあるようですが、今回は省略しました。

色々な記事の抜粋です。参考にした記事は最後にリンクをはっていますので、そちらを読む!というかたは最後の参考記事を参照ください。またこんな記事も読んだ方が良いとのアドバイスもいただければ嬉しいです。

もくじ



ジャスミン革命アラブの春

チュニジアやエジプトなどの長期政権が民衆の抗議活動により、倒されるという動きが2010年から2012年頃に見られました。これらの一連の動きはアラブの春と呼ばれます。 アラブの春にはSNSが重要な役割を果たしたといわれます。SNSにより仲間が集まり、抗議活動を行うというようなことが行われました。

アラブの春の発端はチュニジアである青年(モハメド・ブアジジ)が焼身自殺したことでした(2010年12月17日)。理由は野菜売りの露店を開いていたのを、販売の許可がないと没収されたことへの抗議でした。これがインターネット(facebook)に投稿され、後追い自殺など模倣者も現れた。そこからチュニジア全土に大規模な反政府デモが広がりました。そして2011年1月14日、23年間大統領の座にあったザイル・アル=アービディーン・ベン=アリーが国外に逃亡し、ジャスミン革命が成立しました。

この動きがアラブ諸国を中心とする独裁国家や専制国家に飛び火しました。リビアでは42年間続いたカダフィー政権が倒れ、エジプトでは30年に及ぶムバラク氏の独裁にピリオドが打たれ、イエメンでは33年間のサーレハ体制が終了しました。

これ以外の中東の国でも何らかのデモなどが起こりました。しかし、それらの国ではデモも落ち着きを見せましたが、シリアだけは収まることなく、それが現在も継続しています。

アラブの春の特色とその後

アラブの春の特色としては当初は「非暴力の市民による民主化運動」というのがあったようです(5による)。 しかし、外部の国が介入し、その特色は失われ、市民の手を離れ、民主化から遠ざかっていきました。結局、チュニジアのみが唯一の民主化の成功、エジプトは軍事政権に逆戻り、リビアでは内戦が行われています。

シリア

シリアがどこにあるかといいますと、トルコの南、イスラエルの北、イラクの西という、一目見ただけでちょっとややこしそうな場所にあります。地中海を挟んで西には財政破綻したキプロスもあります。

f:id:mazarimono:20180414161417p:plain

グーグルマップを見て分かるように、首都のダマスカスはレバノンイスラエルの近くにあります。 よく聞くアレッポはトルコとの国境から100キロくらいのところにあるように見えます。

アサド政権

シリアは1963年の3月8日革命(クーデター)でフランスの植民地支配から独立後、以降、一貫してバアス党が政権を担っています。バアス党は親露、親イランのようです。そのバアス党内で1970年に急進派と穏健派が対立し、ハーフィズ・アル=アサド(軍人)をリーダーとした穏健派が実権を握り、1971年に大統領となります。このアサド氏は現在のバッシャール・アル=アサド大統領(以降:現アサド大統領)の父親で、2000年に死去、それとともに大統領の座が息子(長男は交通事故で死亡していたため次男)に譲られました。

元々現アサド大統領は軍医として働いたのちに英国に留学し、眼科病院で研修していました。政治への関心は薄かったようですが、長男の交通事故死を受けやむ得ず留学を中断しシリアに帰国、後継者となりました。医師に国を率いる能力があるのかと疑問視されましたが、元々軍医としてのキャリアがあったため、帰国後は軍務につき高級軍人としてのキャリアをあゆみ1999年1月には大差に昇進しました。また1999年にはアラブ諸国を訪問、フランスのシラク大統領とも会談し、シリアの時期後継者としてアピールしました。

このように書くと一族による独裁のようにとらえられますが、現実は集団指導体制、バアス党による一党独裁による運営のようです。現アサド大統領は政治経験に乏しく、あまり国政で主導権を握っていません。また、民主化を含む政治改革も行ったようですが、軍部の反対でうまくいかずイラク戦争フセイン体制が倒されたのを見て、民主化を止めたようです。

シリア内戦

このように一族による支配が続いているように見えるシリアでも、現アサド政権にたいして市民の不満がたまっていましたが、軍、治安部隊などにより抑圧されていました。こうした中、アラブの春がシリアにも飛び火し、反政府勢力の圧力が強くなり始めました。市民による民主化運動の圧力は強まりましたが、再び軍・治安部隊が弾圧します。やがて、民主化勢力も武器を取り始め、内戦が始まりました。

エジプトなどの軍部は政権を見捨てましたが、シリアの軍隊は前の経緯もあり大統領を守る組織として働くことを止めませんでした。そこで反政府体制を欧州、トルコ、サウジアラビアや過激なイスラム主義者、国外で活躍してきた反体制派組織などが、「打倒アサド政権」のために支えました。

そのため、アサド政権も弱体化していきました。しかし欧米を嫌うロシア、中国、そしてサウジアラビアと競合するイランがアサド政権の支援を強めました。また、イスラム組織のヒスボラもアサド政権側で参戦しました。このように、欧米対中露、サウジ対イラン、反体制派対アサド政権という複雑な構造の戦いとシリアの戦いはなりました。 その後はイスラム国(ISIL)が国家を設立したり、かと思えば完全敗北に陥ったりするという動きがありながら、情勢は迷走しています。

2015年9月30日にロシアのプーチン大統領はシリア政府からの要請を受けたとして、シリア領内のISILに空爆を開始すると発表しました。しかし反政府派にも爆撃は行われ、弱体化していたアサド政権は失地を回復しました。ロシアは2016年2月にロシア軍の主要部分の撤退を発表しました。

2013年の首都ダマスカス郊外での化学兵器の使用

2013年8月21日にシリアのダマスカス近郊のグータにサリンを搭載したロケットが撃ち込まれました。それまでも化学兵器利用の疑いがあったため、アメリカの操作団が調査し、サリンが使用された明確な証拠を確認しました。シリアとロシアはアサド政権による化学兵器の使用を否定しました。フランス、イギリス、アメリカはシリア政府に対して軍事力による介入を行うかどうか議論しました。米国の上院も化学兵器の使用の対抗措置として、軍事力行使の権限付与を発行しましたが、軍事力は使われませんでした。

このオバマ大統領の決断をトランプ大統領は腰抜けと批難していたため、今回にロシアが牽制してもそれを考慮せず、武力を使わざる得なかったという面もあるようです。

2017年4月6日

f:id:mazarimono:20180414161838p:plain

2017年4月4日に化学兵器が使用されたことがわかりました。その2日後の4月6日にトランプ大統領はシリアの空軍基地に対して、巡航ミサイルで攻撃を行いました。しかもその攻撃は中国の習近平国家主席がマールアラゴに招いていた時に行われ、夕食会でトランプ大統領習近平国家主席に伝えたことで、世界に驚きをもたらしました。

2018年4月辺りの動向

トランプ大統領は3月29日の演説でシリアのISの支配地域がすぐ奪還されると述べ、併せて「我々が撤退する」との発言を行いました。しかし国家安全保障チームからすぐに方針転換するように説得され、4月4日にすぐに米軍のシリア駐留を当面継続すると表明しました。トランプ大統領が撤退したかった理由は予算削減が理由のようですが、安全保障チームはイラクからの早期撤退によりアルカイダがISに姿を変えたような失敗を繰り返すわけにいかないと警告したとのことです。

しかし、このトランプ大統領の早期撤退とのコメントがシリアに対して誤った印象を与え、化学兵器による攻撃をエスカレートした要因になったとのコメントが見られます。 そして、ロシアからの牽制(警告)のコメントがあったにもかかわらず、日本時間の4月14日に米英仏はシリアに対する攻撃を行いました。プーチン大統領からの発言はまだ報道されていないものの、ロシアの強硬姿勢が強まるとみられています。
昨年の攻撃にはロシア側の了解が得られていたようですが、今回はそれがなかったようで、今後の動向に注目が集まります。

4月14日の爆撃場所

f:id:mazarimono:20180414161631p:plain (続く)


参考記事

参考にしたのは
1.wikipedia シリア騒乱
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E9%A8%92%E4%B9%B1 
2.wikipedia アラブの春
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%96%E3%81%AE%E6%98%A5
3.wikipedia ジャスミン革命
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%9D%A9%E5%91%BD
4.wikipediaハメド・ブアジジ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%8F%E3%83%A1%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%96%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%B8
5.wikipedia シリア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2
6.wikipedia ハーフィズ・アル=アサド
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%EF%BC%9D%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%83%89
7.wikipedia バッシャール・アル=アサド
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%EF%BC%9D%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%83%89
8.wikipedia グータ化学攻撃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%82%BF%E5%8C%96%E5%AD%A6%E6%94%BB%E6%92%83
9.「アラブの春」とは何だったのか?~革命の希望はこうして絶望に変わった(2016/2/26)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47972
10.これでわかる!「シリア内戦」の全貌~そして「イスラーム国」が台頭した
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48257
11.教えて尚子先生 「アラブの春」のその後はどうなっているのですか?【前編】
http://diamond.jp/articles/-/124765
12.ロシアは何故シリアを擁護するのか
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/06/post-5405.php
13.トランプは習近平とチョコレートケーキを食べながらシリアを攻撃した
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/04/post-7402.php
14.トランプ米大統領、シリア攻撃に関する会見全文
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/04/post-7352.php
15.トランプ政権のシリア攻撃から1か月
https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2017/05/0511.html
16.習近平は笑っているべきではなかった
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/04/post-7375.php
17.コラム:シリア内戦の「悪夢」にはまる米国
https://jp.reuters.com/article/column-us-syria-idJPKCN1G00JU
18.米トランプ政権、米軍のシリア駐留継続を表明(BBC 2018/4/5) http://www.bbc.com/japanese/43651158
19.米大統領、早期シリア撤退を希望 軍幹部と方針一致せず=高官(ロイター 2018/4/2)
https://jp.reuters.com/article/usa-trump-syria-idJPKBN1H900I
20.米軍、シリア化学兵器施設への攻撃開始 英仏合同作戦(BBC 2018/4/14)
http://www.bbc.com/japanese/43763845
21.シリア攻撃 ロシア「無分別だ」 米への強硬姿勢さらに
https://mainichi.jp/articles/20180414/k00/00e/030/263000c

などです。