隗より始めよ

今後はいろいろ考え始めます。

関心

「失礼なことを言うようですが、限定して興味を持てる対象がこの人生でひとつでも見つかれば、それはもう立派な達成じゃないですか」

                    多彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 ー村上春樹

 

 

この言葉は多崎つくるが20歳過ぎに投げかけられた言葉です。何らかの情熱を注げる対象があるということは、それが他人に迷惑をかけない限り良いことなのだろう。

 

その一つのことを追求していくのか、それともそれを捨てて次に行くのか、それともその対象を広げていくのか、どれが良いのかわからない。

 

しかし、時間は限られているので、複数を対象にするためには時間のマネジメントが重要であるなということに、最近気付かされつつある。

何事も管理をしっかりすべきであると言うべきかもしれない。

 

この幕末当時、日本史についての通史は頼山陽の「日本外史」が存在する程度で、よほどの教養人でも日本史に暗く、孝明帝でさえ、鎖国天皇家の祖である天照大神以来の祖法であると信じ、「開国しては皇祖皇宗にもうしわけない」とのみ言い続けていたし、ましてや志士たちは、鎖国は僅々二世紀前の法で、しかも幕府が幕府体制を維持するためにやった法だということも知らない。この添加あげての大錯覚を天下にむかって指摘したのは、永井雅楽が最初である。

 

ー動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し

 

                            世に棲む日日(二) ー司馬遼太郎

 

色々あり「しばりょう」してます。「しばりょう」というのは、昔どこかのサイトで見た司馬遼太郎の本を読むことについて略語をつくったみたいなやつで、何故か今思い出したので書いています。

 

二巻では吉田松陰が処刑され、高杉晋作が目覚め始めます。そこで書かれていた事実が興味深かったのですが、我々は鎖国は江戸時代になってから始まったものであると習いましたが、江戸末期にはそれが日本が始まって以来ずっと鎖国していたみたいな扱いになっていたというのが常識だったということのようです。

 

徳川の世を続けるにはその辺りをアタリマエのこととして扱うことにより、世の中の人達の反発を免れていたのでしょう。

 

そして現在の世の中にもそのようなことはたくさんあるのでしょう。

 

高杉晋作は上海でこう考えます。

(幕府などは、屁のようなものなのかもしれん)

(中略)

国内にいるときには徳川幕府というのは天地そのものであり、とてもそれを倒すことなど不可能におもえていたが、上海にきてふりかえると、幕府など単に大名の最大なるものにすぎず、その兵(旗本)は弱兵ぞろいで、二つ三つの大名があつまって押し倒せば朽木のようにたおせるということを、みずみずしい実感でおもった。

 

最近読んだノーム・チョムスキー先生の本にも以下のような記述があります。

概略

偉大な哲学者であり政治学者であったデイビッド・ヒュームは、強権的であれ、軍事独裁であれ、いかなる政府・国家においても、「その権力は最終的には支配される物の手にある」という重大な指摘をした。

すなわち、被支配者たちが団結すれば権力を握ることが出来ると言っている。

 

逆に言えば、民衆が自分たちには力がないと思わされている限り、権力者たちは民衆を支配できる。しかし、ひとたび民衆が自分たちに力があると認識するようになれば、そのときは、抑圧的な独裁政権であろうとも必ず崩壊する。

 

強固な体制みたいなやつは、結構プロパガンダ的なものに支えられているものが多く、その事実が知れ渡るとあっけなく崩壊してしまうというのは、こういう背景があるのでしょう。

 

 世の中の通説を簡単に信じることなく、真実は何かを情報を集めながら考えていくことが重要なのかもしれません。

もしくはその背景を知りながら、時代に乗るか。